笑顔の介護を議論しよう!

なにかと暗いニュースの絶えない介護の現場に“ふわふわ笑顔”をたくさん作るための方法を考えます!

テーマ⑲~介護と倫理~

介護の現場で支援業務をする中で、倫理は重要だ。

しかし、どこまでの倫理が守られるべきか?

その明確な線引きは不明である。

例えば、ふとした言い回しで相手を傷つけてしまう可能性のある発言をしてしまったときはどうだろうか。そこでの考えるべき道筋とは?

私たちはいつも失敗にあふれている。少なくとも私がそうだ。

そんな中で考えるべきは日ごろから倫理意識をもって業務に取り組めているかどうかだと思う。

何も考えることなく日々の業務をこなしていると、ふと自分が倫理を欠いた行動をしていることも出てくることだろう。

大事なのは、そういう行動に思わず出てしまった時の自分に向けた反省の仕方である。

何事もなかったかのように忘れてしまうのはよくない。しっかりと熟考してみることで自分が磨かれる。そして、そういう後輩たちを育てていきたいとは思わないだろうか・・・

経験でこころを育てる

とにかく何でも経験してみる。

経験する前は不安でいっぱいだ。

経験した後は後悔と悩みにうなされることもあるかもしれない。

しかし、それでも経験してみる。

人生は結局のところ暇つぶしだ。

自分に与えられた時間をどのように使うか。

使い方で人から褒められることもあるだろうし、逆に馬鹿にされたり非難されたりすることもあるだろう。

それに何の価値がある?

善を尽くすことは最善か?

結局のところ、自分にしか使うことのできない自分の時間をどう使うかに価値は見出し難い。

そうであれば、なおのこと目一杯経験を積んでみようではないか。

こころを育てるという大義名分のために。

疑問は個性だ

何か疑問を持つとき。その疑問はどこからきたのだろうか?

つまるところそれは、自分自身の個性が持つ感情から生まれたのではないだろうか。

全く同じものを見ても人が違えばそこから生まれる疑問は違ってくるはずだ。

その疑問は自分自身にとってきっと核心に迫るものであろう。

そう、無意識を意識的に表出する作業が“疑問を持つ”ということであり、それは、

潜在的に“個性”なのである!

教養でこころを育てる

様々な本や情報に触れながら、勉強するのもこころを育てることに繋がると思う。

自分の興味のあることから始めてもいいだろうし、全く知らなかった分野に挑戦

するのもいいだろう。

ちょっと空いた時間に本を開いてみると数えきれない知に巡り合える。

そんな知の冒険に出かけてこころを育ててみる。

その時間は確実に私たちのこころの栄養補給となるだろう。

健康なこころを育てる

健康なこころを育てるためには、物事を外側から見る姿勢が有効だと思う。

なぜなら、外側から物事を見る姿勢をつけることで、多角的なものの見方が

可能になり、その結果、考え方が分散されるからだ。

多様な考え方を認めると、視野が広くなった気がして、同時に身体的にも

大きくなったような気分になる。身体が大きくなればこころも大きくなり

健康が手に入る。

ただ、難しいのはこの気持ちを持続させることだ。

ホスピタリティについて

ここでは、ホスピタリティの意味として、“報酬性”と訳してみたい。

つまり、何かを得ること・得られることだ。

例えば、恋愛をする初めの段階で必要なのは、このホスピタリティだと思う。

相手にとって得ること・得られることは一体何か?自分は相手に何ができるか?

その観点から行うコミュニケーションによって徐々にお近づきになれる。

逆の立場で言うと、目の前にいる相手は私に何を与えてくれるのか?どのようなことを

得られる人なのか?ということを自分が思うこともあるだろうし、相手がそう考えていることを想定しながらコミュニケーションをとることが有用と思う。

「おもてなしの精神」「報酬性」それらをひっくるめてホスピタリティという一つの

視点をもって恋愛してみるとよりよい関係性が築けそうである。

自分を信じる

何をよりどころにしたらいいか不明瞭な現代。

一体私たちは何を信じて生きていくのか?

一つの提案として、

自分を信じる!

これを進めてみたい。

一歩外に出れば様々なハードルや危険がいっぱいだ。

少しでも弱みを見せればつけこまれることもあるかもしれない。

そんな時に、特に何の根拠があるわけではないのだが、

“自分”を信じてみるのはどうだろうか。

時には大きな失敗をしたとしても、これ以上のあんな失敗までには

至ってないよな。そこまでの間に自分の中で線引きしとくかな。

みたいな感じで、色々な経験を自分の血肉と考えて、その都度

線引きをしていけば、よりどころは自分に見出せるのではないだろうか。